ほにゃブロ。

猫みたいな何かがほにゃほにゃするブログ。

感じること

今日は祝日のお休み、一人でのんびりしました。

 

なんか、ゆったりしてて、よかったなぁ。

 

昨日は仕事帰り、自宅の近くの駅のカラオケで一人オールしてた。

 

本当は、夜中1時くらいに帰ろうかなーって思ってたら、

なんかまだ物足りなくって、結局夜9時〜朝5時まで歌いきってしまった。

喉も痛めてないか心配だったけど、特に問題なし。

年齢も26歳になって、オールとかきついかな?と思ったら全然そんなことなかったな。

 

朝帰宅して、ちゃんとお風呂はいって、6時に寝た。

 

もう起きたら昼の2時だった。でも、寝覚めはとってもよくって

すごくすごくスッキリしてた。

 

 

ふと、数年前の自分を思い出して

新卒で入社して1年した私は、心身ともにボロボロだったなと

オールなんてしたら、次の日もグダグダで、体も怠くなっていただろうなー

 

体力が全然違うんだ、あの時と。

 

 

 

あと、今の会社も会社で、結構自分なりにストレスためてるんだなーって感じた。

 

普段、仕事終わりだと、次の日の仕事のこと考えてしまって

なんだか疲れもしっかり取れないのか、お風呂はいるのも面倒だったりするのに。

カラオケオールした昨日は、普通にお風呂に入れた。

 

多分、言いたいことを我慢して

自分が感じる以上のストレスを、私は抱えていたのかなーと思う

 

 

 

昨日、会社の先輩と色々話してたけど

他の営業さんと違って、私は自分が思う以上に真面目すぎなのかもしれない

サボれるところをサボれない、しっかりやらなくちゃ!と

いつも自分を自分で追い込んでいて、余裕がないなぁと思った。

 

その会社の先輩は、そんなにストレスを感じていないようで、

とりあえずこれからも仕事を続けるつもりだと言っていたけど

私はそんな風には思えず。

少し前にやめた私の同い年の営業の女の子も、

私と同じように、一生懸命やって手の抜きどころがわからなくて、

心身ともに疲労していたみたい。

他人事かなって思ったけど、私と同じだったんだな、と今更理解できた。

 

 

私はやっぱり、

「今の会社を辞める。」という決断をしてよかったと

改めて思った。

 

 

どんな仕事だって、大変なことはあるけれど

同じ我慢する行為が、プラスになることがしたい。

 

 

 

 

 

 

カラオケオールして、のんびり時間を満喫して

心の疲れのデトックスができて、心が軽く感じています

 

何かを心から、ゆったりと、楽しむ余裕もできました。

 

 

 

仕事終わりに、交感神経が優位に働いたままで

疲れを取れてなかったのかもなぁと、思いました

 

 

 

ちゃんと疲れをとれば、

音楽をゆっくり聴く楽しみがあるなぁ

感じるものも、なにか違って、

 

 

今日は、TSUTAYAに行って

聞きたかった星野源の「恋」のCDを借りました。

 

ガッキーと共演しているドラマの主題歌で、

ドラマにもはまりかけてます。

星野源にも、はまりかけてます。

 

そういった、よくあるちょっとした楽しみを

感じられる今がちょっぴり嬉しいです

 

 

 

精神をすこし病んでいた頃は

自分自身がパニックになっていて

色々なことを受け入れる余裕がなかったので

自分で色々なことに壁を作って、一時的に何かから逃れていました

 

と、今ではそう思います

 

自分を守るための防御反応みたいなものです

 

自分の世界だけに生きていた、そんな感じです

 

 

 

だからこそ、無意識に、

友達付き合いも本当に最低限にしていたのだろうなと

思います

 

 

 

友達の幸せだって、ひねくれた見方しかできなくて

心からそれを喜ぶこともできなかった

 

相手のあら探しして、相手を否定して

自分を守ることしか、できなかった

 

 

その何かがないことをコンプレックスに感じて

 

 

完全にその気持ちがなくなった訳ではないけれど

でも、少しは客観的に自分を見れてきたのかな。と思います

 

 

 

今、そういう自分になってきたのは

大事な人の存在に支えられているからと思いました

 

それと、自立でき始めたからと思います

 

 

 

自分に自信を持てずコンプレックスばかり抱えてきた私ですが

毎日毎日、少しずつ変わっています

 

 

 

せっかく生まれた命だから

楽しんで生きていきたいね。

これからも! 

 

 

 

 

過去へのリンクは知らず知らずのうちに。(お酒を飲むと別チャンネルに標準が合う)

こんばんは。HONYAです。

学生時代から愛用しているMacintosh(愛称:Mac)ですが、もう8年目?になろうとしており。最近Ver.UPしたら、どうやらスペックが追いついてきていないようで、動作がめっちゃ悪くて時の流れを感じている次第です。

 

はてさて、今日のお話は、記憶についてです。

 

昨日、昔を思い出して、つらつらとブログを書いていました。

思い出し始めると、その時の感情とともに、記憶がおもひでぽろぽろして来ます。

そして、それが面白いことに。辛かったことっていくらでも思い出せてしまうんですね。逆に、楽しかったことって、「あー楽しかったな♪」というイメージで終わるんですね。なんと、辛いことほど、私の脳は記憶しているようです。

 

そして、私は昨夜、自分の過去を思い出していました。

割と複雑な家庭で育ったので、その時のことをば。ですね。

それで、思い出したくもないはずなのに、ブログを書く手が止まらないのです。

休載でおなじみ、私の大好きな漫画である某ハンター×ハンターに登場する念能力者である彼女のようです。そうです。「自動書記」かのごとく。何かに取り憑かれたように書き出していたのです。

 

みなさん、こんなご経験ありませんか?

お酒を飲むと、普段静か〜な人が悪酔い、横柄な態度をとるあの人。

お酒を飲むと、泣き上戸になる、普段は気が強いあの人。

お酒を飲むと、、みなさんの個性が豊かになります。

そうです。お酒の席のあの人の本性なのです!

いえ、本日はそれだけにとどまりません。

お酒によって、周りの気分が乗っかり、違う人になっているのです!!

 

お酒を飲むと、自分の感情だけでなくなるわけです

周りの雰囲気、周りの人、それらの影響を大いに受けているわけですね。

 

 

 

 

私ですか?

 

 

私は、お酒を飲まなくとも、周りのイライラに同調してしまいやすいタイプですね。特に、体調がすぐれない時は。自分フィールドバリアー(結界)が築けていないのかもしれません。

 

 

 

 

 

26歳という、微妙な狭間の年齢がやってきた。

こんばんは。HONYAです。

 

先日、私の誕生日がありまして。

26歳になりました。

 

25歳までは、「誕生日だ★ヤッホーイ★みんなお祝いしてね★」

というテンションでいられたのですが。

26歳の誕生日はそんな気持ちになれなくてですね。。

なんというか、社会的責任というのでしょうか

社会人として、もうあんまり甘えてもいられない年齢になったなーと

じわじわとプレッシャーが訪れてまいったようです。

 

ま、まだまだ20代でしょ★と言う風に思われるかもしれませんが

社会の目がどんどん厳しくなるってことは、意識しといた方がいいかなと思っております。

だからこそ、25歳で転職活動終わらせたかったしね。

なぜなら、20代半ばでは、いくら独身でも「結婚は?出産は?」と

ライフプランを問われる時が多いのです。

(まぁこのご時世ですから、直接そう言った質問はほとんどされなかった訳ですが。)

でも自分が人事とか、採用担当だったら、絶対気になるポイントなんだなー。

でも、なぜその会社で、なぜ今転職するのかって、ちゃんと結論ありきでないと、後々「こんなはずでは。」と思うと思うのですね。

 

まぁ、後悔も含めて、自分の人生なのかもしれないけれど

 

でも私が今の私で居られるのも、過去があったからだと思っている

 

だから後悔したことなんて、ほとんどない

 

その時思ったことをその通りしてきただけ

 

当時は不本意と思えることがあったとしても

 

苦難があったからこそ、今やこれからが大事だとそう思える

 

 

 

失敗したと思っても、今やこれからにつながれば失敗なんかじゃないぜ。

 

 

 

ちょっと話は逸れましたが、

世間の目も気になるお年頃の26歳 HONYAでした。

裏切ったのは目の前の相手ではない。私の中の想像(相手)を裏切ったのだ。

世間の皆さんこんばんみ〜。HONYAです。

 

「○○ちゃんに、裏切られた!酷い!!」

 

と、思ったことはありませんか?

私は結構あります。

 

 

「○○なら、△△してくれると、思ったのに!」

「なぜ、△△もしてくれないの!酷い!人で無しのロクデナシっっ!!」

 

それは言い過ぎですが。

 

相手のことを知っていると思うからこそ、

相手と近しい距離にいると思うからこそ、

そんなことを思う確率が上がると思います。

 

なぜなら、

「私の友達である○○なら、△△するはずだ。そうに決まっている。」

という思い込みがあるからです。

その思い込みが、目の前の相手を生み出しています。

 

他人であろうが、仲のいい友達であろうが、

全ては大概「思い込み」「雰囲気」でそれらは形成されています。

だから、相手に驚いたり、憤りまで感じてしまうことがあるときは、

私の想像した通りの相手ではないから、そうなってしまうのです。

私の想像した相手は、私の脳内に存在しており、目の前の相手とは別人でしょう。

 

だからこそ、相手の言動一つ一つのことに、目くじらをたてるのなんて、

時間がもったいないのです

 

まぁ、自分のコンプレックスが解消されていない状態で

相手がそのコンプレックスを刺激されたら、冷静ではいられず

どうしても相手を責める(もしくは自己防衛)行動をしてしまう訳ですが

 

 

だから、身近にいる人に大きな期待をしないこと

期待とは、自分に都合のいい理想像を、相手を押し付けるみたいなことだから

よくも、悪くも。

 

 

 

P.S. Instagram復活しました。

   でも、今までとはなんか違うかも。

   イライラしたAさんの写真を見ても、微笑ましく見えてきた(かも?)

 

 

 

 

 

上司にも会社にも失望した時、人は会社を辞める決意をする。

サラリーマン/OLの皆さん、お疲れ様です。

HONYAです。

(しがないOLやってます。)

 

OLって言っても、営業職です。毎日ガンガン、営業車で走り回っております。

OLというと、デスクワークな感じがしません?

サラリーマンっていうと、満員電車で揺られている男性のスーツ着ている人って感じしません?

私だけでしょうか。。。

 

そんなことはさておき。

私は、後数ヶ月で今の会社をやめます。

転職先もすでに決まっていて、本当は今月中に辞めるつもりだったのが、上司から少しの期間だけいて欲しいとお願いがありましたので、想定より長く会社にいさせていただくこととなりました。

 

正直なところ、本音はいますぐやめたいのですが。

いまの会社で働くモチベーションが「0」になったからこそ、転職しようと思ったので。

また、「自分から仕事を作る仕事」である営業職の為、更に苦痛を催しておりますね。

辞めるとわかっている会社で、売り上げ数字を作るなんて。営業成績を上げても、見返りはないのに。。(査定期間は過ぎたので、ボーナスには反映されません)

 

 

そんな中。上司からのMTGが本日行われました。

売り上げがなかなか上がらない理由について、原因を教えて欲しいと。

詰める、否定するつもりはないので純粋に教えて欲しいとのこと。

 

「フン、やっと聞く気になったのね。よし、じゃあ、あれとあれとあれとあれとあれt・・を言ってやろうかな★」

 

なーんて、上から目線でいろいろ言いたいことを思い浮かべておりました。

そう思ったのもつかの間。

上司の一言。

 

「数字を作るための具体的な数字をあげて欲しい。

 決して精神論じゃない。

 物理的な話だから。」

 

 

 

はい????????????????????

 

 

結局、最初から私たち「営業」ができていないわけですね?

最初から聞く気ないでしょ?

 

 

 

一番の原因は「モチベーション」が上がらないからだよっっっ!!!!!

 

 

それは、営業個人の話ではなく。

上層部の考え方、営業のさせ方の問題でしょ?

また話をすり替えてる。。。

 

ルールでがんじがらめにして、

あれはダメ、これはダメ、

行動数のノルマが足りてない!とか。

 

部長が「恐怖」で縛っているフィールドで

営業がのびのび営業できるわけがなく。

 

みんな真面目にやってるのに、成績が伸びないのは、

事業戦略の立てかたを第一に疑ってください。

 

 

 

この会社でやっていけない、辞めたいと思った一番の原因は

・プレッシャーばかりかけて、質問しづらい、放置プレイの上司と

・営業のせいにして、自分は悪くない、逃げ腰の部長の存在

以上です。

 

 

 

president.jp

 

ああ。本当はこれを言いたい。

 

 

 

 

 

 

母親の話

私は、過去、母親に虐待されていました。

(しかし、母親は虐待した事実を認めません。)

そんな母に対して、最近思うこと

それは、母はおそらく、無意識で私を追い詰めたのだと思う

それが何の因果か、わからないけれど

とにかく、母は空っぽだった

いつも上の空だ

それは、彼女の個性とも言えるかもしれない

いわゆる、二重人格のような形だ

ああ、そういえば、父親もそうだった

 

私のお腹を蹴るときの

母の憎しみに満ちた鬼のような顔を忘れない

 

それをした後は、何事もなかったかのようになる

 

強い強い、怨念だった気がする

 

とにかく、私は恐怖に満ちていて

それでも、頭の中はいつだって冴え渡っていた

痛くならないように、私は無意識に自分の体から幽体離脱するかのように

意識をぼーっとさせていた そんな気がする

 

 

 

痛い思い、辛い思いをした側は

いつだってそれを、忘れない

 

痛みって、必ずしも忘れる必要はないと思っている

 

それを憎しみとして、自分で自分を苦しめるか

それを一つの痛みとして、心を広げていくのか

 

たぶん、母は器が小さかった、

父も同じと思う

 

 

 

心の許容範囲が狭いから、そうなったのか

はたまた

何かの想いがそうさせたのか

 

真実はわからない。

けれど、私的な直感で

母はもぬけの殻、深層心理の母とその何か、

深いところにあったような気がしている

 

 

 

 

 

想いと想念の話

最近、自分の母親に対して、そして周りの人間に対して、思うことがあります。

 

人間って、自分が自分の意思で動いているようで、そうでもない。

「動かされて」いることだってある、と。

 

そして、無意識の想いと、自分が理解している意識的想いが、違うこともある。

 

なぜなら、無意識の想いは、非常にシンプルだからだ

 

意識的な想いは、後付けである

 

自分が左脳で理解するためのものなのだ

行動を決定づけるのは表層上の動機でない。

 

自分の無意識の想い、そして周りの想い、

それぞれが融合した結果が

「今の自分の行動」に過ぎない。

 

 

 

 

 

 

想念の話

 

過去を思い出す時、

あるシーンは、自分が見える

 

自分視点ではなく、斜め上から自分を見ている

 

それは、たぶん「想念」の視点なのかもしれない

 

もしくは、鳥か。

 

 

直感的に、そう感じている