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ほにゃブロ。

猫みたいな何かがほにゃほにゃするブログ。

SNSの在り方について

さーて。HONYAさん2回目の出動だよー☆

 

今日はテンション上げてくよ♪きゃっきゃ。

 

。。

 

これでも、一応20代半ばの♀やってます

仕事上は・・・超真面目ぶってる(ぶれてるか?笑)人間でございます

 

でもね、本当は。本当はこんな変な奴なんです。

変な奴だと仕事にならないので、隠してますが・・・社会人ってつくづく大変ですね。

 

 

 

それはさておき。

本日は「SNS」について語るといたしましょう。

 

 

みなさんはSNSやってますか?

FacebookTwitter、最近はInstagram、前はmixiなどなど・・・。

私がSNSに触れたのはmixiが初めだった気がします。でも、本格的にやりはじめたのはFacebookTwitterあたりかな・・・。今日は何故、SNSの話をしようとしたか、というと。ほら、巷で話題のあれさ・・・「SNS疲れ」。これの話をしたかったんです。

まぁ、この話題で盛り上がれる友達が近くにいなくって・・。というより、自分と同じ想いをもっている方はネットの方が確立高いしーーっていう言い訳★

話を戻しまして、SNSって、ある種「快楽の中毒」ですよね。投稿して、「いいね!」やリプライされると嬉しくなる。また「いいね!」ってして欲しいから、ネタ探し。そう。「ネタ」。結局、なんだっていいのですよ。根幹は、「見て欲しい」があるからなんですから。心理学的に言えば、かまってほしい人こそSNSに投稿するのです。そう。速攻で返事が欲しい。「即効性」。(心理学的に言えてないと思うけど見逃してください)

自分の承認欲求がすぐそこで叶う訳です。ただし、それはほんの一瞬です。

まぁもともと目立ちたがりやのタイプだっているでしょうし、SNSに投稿したからダメとかいいとかそういうものでもないと想います。投稿するのは自由ですし。ただし、その投稿をみて「落ち込む」人もいる訳です。いや、もしかしてですよ?承認欲求に突き動かされた寂しい人が、自分のリア充アピール投稿をしています。それをみて、「あーぁ、羨ましい。ずるい」って思う人がいます。でもそれって、根幹は同じなのかもしれない。今の自分に満足していない、人と比べてしまう人は、そうして落ち込んでしまう。これが所謂「SNS疲れ」と呼ばれるものと想います。劣等感を刺激されてしまうのですね。嫌ならみなきゃいい!・・ということで。実は私もFacebookを何度か削除しました。笑 最近は復活していますが。それでも少し前程、他人を羨ましいと思うことはなくなりました。なぜかって?そりゃー聞かなくてもわかるでしょ!

 

私が、今、そして未来の人生を楽しんでいるからだよ!!

 

そりゃあ人間だもの、少しでもいい暮らしがしたいし、たくさん好きな物に囲まれていたい。色んな物が欲しいさ。だから他人のよくある幸せのカタチが、とっても羨ましくて、それが自分にはなくって、悲しくなったりすることもあるんさ。けれどね、いつの間にか、それを乗り越える日が訪れて来ている、今の私はそう思うのです。

 

私の持論。真のリア充SNSに投稿はしない。

 

ただし、中にはSNSの利便性、他人への告知や報告ツールとして活用されている方も多くいることでしょう。その方々を抜きとしても、例えばそこまで仲良くもない他人みたいな「友達」にアピールすることって、本当にあるのでしょうか

 

 

 

私はTwitterで、一日に50件くらい投稿したこともあるほどの中毒者でした。しかしすでにTwitterは知り合いとフォロー関係は結んでいません。もう、みなさんに直接伝えたい、聞いて欲しいことはなくなったからです。当時の私は、自分に自信が無く、かまってほしい気持ちでいっぱいでした。人とは違う自分をアピールしたかった。必死でした。けれど、あることをキッカケに辞め、それからは知り合いと繋がってツイートせずに別のアカウントを作成しました。それは自分の自己満のようなもので、特段意味はありません。私の中でTwitterの位置づけが大きく変わっていました。

 

そんなようなカタチで、私の今のタイプは、不特定多数にこうしてブログでアピールすることは行いたい、やっぱり承認欲求があることには変わりありませんが、それを小さな世界で繰り広げることをやめようと思ったのです。だって、もっと自由な方がいいじゃん。そう思えたのは、やっっぱり自分に自信をもつことができたからでしょう。

 

SNSを通じて、また勉強になったなぁと、私はそう思っています。