そもそも「結婚」=「幸せ」とは思っていなかった。
こんばんは。HONYAです。
昨今、婚活が盛んに行われているようですが、その中でもこんな声もあります。
「結婚」=「幸せ」ではない という。
女性は特にですが、結婚に対する憧れが強い風潮がずっとありました。
その流れも徐々に変わりつつあるような気がします。
でも、私から言わせていただくのであれば(なんという上から目線・・)、
そもそも結婚に憧れも何もなく、幸せに対する憧れすらありませんでした。
「幸せになりたい=結婚する」
この図式が私には全く理解できませんでした。
過去に書いた記事にもあります。
この記事は、当ブログでは一番のヒット作です。
別にヒットさせたくて書いたわけではありませんが・・、
結果的に一番共感されたのかもしれません。
私は「結婚」自体にずっと疑問を持っていました。
それは、育ってきた環境が大きいでしょう。
いつも両親は喧嘩をしていました。
子どもの頃の私からすると、とにかく仲良くして欲しい、という思いだけでした。
どちらが良くて、どちらが悪いのかもわからなかった。
喧嘩が日常茶飯事すぎて、もちろん家の中のムードは最悪で。
家にいるときに、
「幸せだなぁ」という気持ちがほとんど感じれることなく育ちました。
そもそも幸せっていう概念もよくわからなかったかもしれません。
自分が幸せになる、とかそういうのはどうでもよくて。
とにかく家が落ち着いて欲しいとしか思ってなかった。
お父さん、お母さん、いつだって笑っていて欲しかった。。
幼稚園の時の将来の夢。
女の子たちが「お嫁さんになりたい!」と言っているのを聞いて、
全然意味がわかりませんでした。
それの一体何がいいの?
高校生くらいになったときに、
こんな人と結婚したい!とかそういう話をしていても全然ピンとこなくて、
なんとなく話を合わせるだけ。
自分の将来なんて全然見えなかった。
社会人になって働くんだな、ということしかなかった。
社会人になってから、
その価値観は特に変わることはなかった。
けれど、結婚式に関わる仕事をしていた当時、とてもコンプレックスを感じました。
そのときに、「結婚」を強く意識し始めました。
私は結婚する相手がいないことが悲しかった。
結婚できないことではなく・・。
社会人でブラック企業を辞めて、無職の時、
幸せってなんだろう。
私の幸せってなんだろう。
私は一体、何がしたいんだろう。
そう考えるようになりました。
とにかく、目の前のことをがむしゃらにやり遂げてきた。
でも、その未来なんてよく考えてなかった。
希望すらほとんど持ってなかった。
お金もなく、食もなく、帰りたい家もなく、
私は一体何者なんだろう・・
自分を初めて見つめた時。
そこでたどり着いた答えは・・
「自分をまずは、愛すること」
「自分を愛せなければ、人は愛せない」
両親から正しい愛を教わらず、
自分が自分らしくいても良いんだという安心感がなく、
欠乏していたのは「愛」だったんだと気づきました。
そこで、
やっぱり私は人を愛したい。
自分のことをわかってくれるパートナーが欲しい。
そう思うようになりました。
今まで彼氏はいたけれど、
本気で愛したことはなかったのかもしれません。
自分を必要としてくれるのが嬉しかった、ただそれだけで。
もうしばらく一人でいいや・・と思っていたとき
私はある人と再会し、付き合って。
自然な流れで結婚することになりました。
もちろん、結婚できたことは嬉しいけれど、
旦那さんとの日常がとっても幸せで。
とにかく私自身が、自分の人生に責任を持とう。
誰のせいにもしない。
そう決めて、やるべきことをちゃんとやって。
社会人としても、人としても。
そう意識してから、人生が少しずつ楽しくなってきて。
旦那さんだったから、結婚しようと思った。
結婚したいから旦那さんと付き合った訳ではなくて、
ただこれから一緒に居たいな、と思えたから。
そもそも結婚に期待も憧れもなかった私。
でも「こうあるべき」「こうあって欲しい」という理想がガチガチではなかったから
すんなりと受け入れられたのかもしれません。
旦那さんと出会ってなかったら、
30歳までに結婚はしなかったかも。
できたらいいな、くらいの気持ちで。
結婚した今は、幸せです。
それは、結婚したからというより、
生きることを楽しもうとしているから。
自分の生活ベースがそれぞれにあったから。
お互いに、自立しているから、かもしれません。
だから私は「結婚」=「幸せ」とは思いません。
それは結果論なだけであって。
自分が幸せだったら、
相手も幸せになれる、はず。