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ほにゃブロ。

猫みたいな何かがほにゃほにゃするブログ。

マウンティングについて考える

こんばんは。ホニャララホイ★でお馴染み、ほにゃさんです。

 

秋の夜長ですね。シーンとした静けさの中一人で過ごす時間、とっても贅沢ですね。こんな夜も好きです。

 

本日は、祝日ということでお休みでした。天気も悪かったので、朝はダラダラと起き、気付いたらもう13時。WAO。そして、ヒトカラGO★

久々でした!混んでいて、40分くらい待ってから、約3時間半ぶっ通しで歌ってやりましたよ♪RADWIMPSばっかりでしたー。最近話題の前前前世も歌いました♪

 

そのあとは、家に帰って読書です!

「女は笑顔で殴りあう」ーーーーーーマウンティングについての対談式の本です。

 

つい先日、Instagramで某友人が上げていた写真を見て、すっごくモヤモヤしてたんです。それで、それを彼氏に聞いてもらっていて。その某友人は定期的にアップしているので、定期的に私もそれでモヤモヤしておりまして。笑 その話をすると彼は「またその子の話か」と思うようです。笑 本当に申し訳ないです。苦笑

 

そんな中、彼から言われた言葉が衝撃的でした。

SNSなんて、マウンティングするためのツールじゃん。」

 

。。。

 

ハッ!!!

 

 

としました。

確かに、そうです。そうですよ。

私だって、なんか自慢したい時、無意識にInstagramでセコセコと写真をアップロードしております。私だって、「マウンティング」してんじゃねぇのか?!?!?!

 

そして、我らの偉大な、Google先生にも聞いてみました。

本当のリア充ってさ、SNSにアップすることなんかしないって。

それは、無意識に私も理解してはおりました。

 

SNSに投稿するってことは、「かまってほしい」わけで

ただの自己満足だったら、こんな感じでブログとか、個人的日記書けばいいんだし。

わざわざ、みんなが見ているインターネッツに上げる必要って、別にないし。

上げる理由は、みんなの意識に「自分」を見せたいから。自分が優れているって、確認したいから。充実してるって、思いたいから。なんだよね、

 

実際に、私の幼馴染は、SNSを見ることはあっても、自分が投稿することはない。投稿する内容もないし、する必要性を感じないよう。で。その幼馴染は、リア充です。そういう人に共通しているのは「自尊心」が高い人。SNSで投稿が多い人は、何かしら「コンプレックス」を持っている人。だからこそ、そのコンプレックスを埋めるように、誰かに賞賛を浴びたい。だから何度も投稿するんだね。

 

どこかで書かれていたけれど、SNSというツールが生まれてから、自己承認欲求が浮き彫りになりやすくなりました。

 

 

本日読んだ本には、マウンティングについての「あるある」を幾つかの例を出しつつ解説されており。申し訳ないことに、「あー、自分もマウンティングしてたわ。。」と感じた点もありました。逆に、マウンティングされていたこともありました。

 

マウンティングの特徴が、「気づきにくい」ということ。

「女は笑顔で殴りあう」というタイトル通り、一見は褒めている言葉のように見えて、その裏には「相手を堕とす」意図が見え隠れしている。それが後でジワリ、ジワリとボディブローが効いてくるのだ。

「アドバイスしてくれる、頼もしい友人」と思いきや、「自分を上げるために、私を堕とす友人」なのである。その悪意がわかりやすい時と、わかりにくい時があるから、難しい。でも、自分だってマウンティングしてきたことがあるから、一概にその被害受けた人を避難できる立場ではないのかもしれない。そう思った。

 

そして、私はInstagramの自分の写真を消しました。

そう、「同じステージ」に立つことを、辞めたのです。

 

マウンティングの対象者となる人は、

「自分と立場が近い人、同等のレベル、もしくはバックボーンを持っている人」

なのである。

 

身近だからこそ、比べやすい。

マウンティングが通用しない相手というのは、「劣等感がない人」。

自分を他人を比べない、「自分が唯一無二の存在」だと理解している人だ。

劣等感があるからこそ、自分と他人を比べて落ち込んだり、悔しくなったりする。マウンティングする人も、される人も、結局は同じ穴のムジロなのだ。。

 

なんとなく理解しているつもりだったが、感情がそれを許さなく、認めようとしなかったため、思ったよりも長期戦となっていたようだ。

 

 

意外と、スッキリしている。

同じ立場に立たなければいい。

だって、私は私なのだから。

 

誰が先に結婚しようが、幸せになろうが、関係ない。

いちいち悔しがる必要もない。

 

人と、私に流れる時間/人生は違うのだ

 

私が思う幸せと、人が思う幸せは、同じとは限らない。

私が思う道を、ゆっくりと進めばいい。

 

 

少しずつ前に進めているからこそ、そう思うことが

でき始めているのかもしれない。

 

 

そう思えた、意義のあるOFF DAYでした。

 

 

HONYA